映画『野良人間』ネタバレ考察|信仰に囚われた“内なる獣”が招いた悲劇の結末

実話をベースにドキュメンタリータッチで描かれた映画『野良人間 獣に育てられた子どもたち』は、誘拐事件が多発するメキシコで実際に起きた衝撃の事件を描いた作品。本記事では、『野良人間』のあらすじをネタバレ込みでご紹介し、作品に漂う「モヤモヤ」についても考察します。



映画『野良人間』について

出典元:映画.com

ジャンル:POVホラー・サスペンス
制作年:2018年
監督:アンドレス・カイザー
キャスト:エクトル・ノゲーラ、ファリド・エスカランテ

監督のアンドレス・カイザーは、メキシコでドキュメンタリーやドラマの編集に多く関わり、本作で長編監督デビューを果たしました。原題は『野生』で、日本では『野良人間 獣に育てられた子どもたち』としてレイトショー限定で公開。ホラータッチな宣伝がされる一方、実際には人間の心の闇を淡々と映し出し、「人間の狂気」を浮き彫りにしたサイコロジカルな作品です。

あらすじ(ネタバレ含む)

物語は、1987年メキシコ南西部の山岳地帯から始まります。山小屋が焼け落ち、焼け跡からは3人の子供と1人の男性の遺体、さらにビデオテープが見つかります。内容が非公開だったそのビデオは30年後に未解決事件の取材班の手に渡り、そこに映っていたのは獣のように振る舞う野生児たちの姿でした。

出典元:映画.com

焼け跡に残された異様な光景
発見された3人の子供は檻に入れられ、隣に焼死した成人男性が横たわっていました。男性の名はフアン。メキシコの厳格なカトリック家庭で育ち、神に人生を捧げようと神学校に進みましたが、精神分析で「無神論者」と診断されたことで修道院から追放され、森の生活へと追いやられます。

森で見つけた「野生児」
社会から隔絶された生活を送る中、フアンは森で言葉も話せず四足で歩く野生児を発見。彼を保護し、「人間らしさ」を取り戻させることに強い使命感を感じたフアンは、旧友に口止めをしてまで彼を育てることに。少年に名前をつけ、洗礼を施し、人間としての生き方を教えようとするフアンですが、やがてその行為には育ての親としての愛情を超えた執着が見え始めます。

信仰という「焼印」に支配されるフアン

出典元:映画.com

次第にフアンは「神の存在」を少年に教え込むことが自分の役目だと思い込み、他の野生児も保護するようになります。自分の中で神的な役割を演じ始め、彼らの自由な成長よりも、「自分の価値観」を押し付けていくフアン。信仰を持たせるという使命は支配欲へと変わり、母親から厳しく植え付けられた信仰の焼印が、彼の中で抑えきれない暴走を始めます。

無常と自滅の果てに
フアンと3人の野生児が共に過ごす日々は次第に異様なものとなり、やがて彼らの生活は限界に達します。野生児たちはフアンの信仰や愛情に応えきれず、彼を拒絶するようになり、フアンもまた彼らを理解できず孤独に押し潰されます。焼け落ちた山小屋の中で命を失うまで、フアンは信仰と共に自らの価値観に固執し続け、結果的に救いを得ることはありませんでした。

「ホラー」ではない心理サスペンス|モヤモヤの原因

出典元:映画.com

本作はホラー要素を期待して鑑賞した観客が多い一方で、作品は淡々とドキュメンタリー風に進行し、野生児の謎も明かされないため、観る側は肩透かしを受けたような気持ちになるかもしれません。

ホラーではなく、“人間の内なる狂気”を描いた作品
本作は「メキシカン・ホラー」として宣伝されましたが、実際にはホラー要素は少なく、静かに内面の狂気が描かれます。恐怖を感じさせるのは、モンスター的な怖さではなく、主人公フアンの行動や信仰心の暴走。無意識の虐待や彼のエゴが浮き彫りとなり、狂気じみた行為の数々が重くのしかかります。

「獣に育てられた」とは誰なのか?

出典元:映画.com


邦題の「獣に育てられた子どもたち」というタイトルですが、野生児が獣に育てられたわけではなく、彼らに人間らしさを押し付けたのはフアンの“歪んだ信仰”です。言い換えれば、彼自身が母親から植え付けられた信仰の「焼印」に支配されてきたように、フアンは彼らに人間としての価値観を強制し、彼らの自由を奪ったともいえます。母親に刷り込まれた信仰心が暴走し、「信仰」に名を借りた「支配」が彼の行動に投影されたのです。

結末に込められた「無常」と「自滅」
『野良人間』の結末は、ホラー的な盛り上がりを期待する視聴者にとっては物足りなさを感じるかもしれませんが、カトリックの厳格な信仰と精神的な孤独がもたらす無常と自滅を静かに描いた作品とも捉えられます。母親の焼印によって支配されたフアンは、自分も気づかぬうちに内なる「獣」に追い込まれた存在でした。

まとめ

出典元:映画.com

『野良人間』は、表向きのホラー映画とは違い、信仰心が人の内に与える影響や狂気を淡々と描くことで、観る者に深いテーマを突きつけます。人間らしさを強制される野生児たち、そして信仰の焼印に支配されるフアンを通して、「人間の本質」とは何かを問いかける作品といえるでしょう。

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